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手を上げる勇気
Whartonでは本学期が始まる直前のこの時期、約65名からなるCohortごとに各種クラス代表の投票が行われる。Academic RepやAthletic RepといったオーソドックスなものからPhotographerや Historian(新聞委員)のようなちょっと専門的なものまで選ばれる。

僕は、Pre-term中にCohortのバーベキュー企画などを手伝っていたのが評価されたのか、Social Repという飲み会幹事のような役職に推薦された。候補者による簡単なスピーチのあと、親友のJomareeと共に幸い投票で選んでもらうことができた。クラス代表の中でも比較的重要で目立つ役職に選んでもらえたことはとても光栄なことで、文化の違いを乗り越えてしっかりクラスの親睦に貢献してみたい。

面白いことにたかがクラス代表を選ぶプロセスとはいえ、日本とは違う国際社会のルールを垣間見ることができる。

投票の前、親しい友人に「どうしてもdiversity repをやりたいので、shockyou、推薦してくれない」と頼まれていた。彼女は、ほかにも何人か頼んでいたようで、僕が言うまでもなくすぐに他薦候補者としてリストアップされた。彼女は用意してきたスピーチを情熱をもって披露し、僕は間違いなく彼女がrepに選ばれるものと思っていた。

しかし、結果的に選ばれたのはおよそdiversityとは関係の薄そうなイギリス人のBenだった。投票後、周りの何人かにその結果の意外さについて話をしたところ、

「でも、Benは自分で手をあげたじゃないか。彼が勝って当然だ。」

という意外な答えが返ってきた。

あるリーダーシップの機会が提供されている場合、日本では自分で手を上げた人間よりも、周囲から推薦された人間の方が、高く評価される場合が多い。自分で「やりたい、やりたい」と声をあげると、なんとなくがっついているような、無粋な印象を与えるのかもしれないし、「謙譲の美徳」のような伝統的な価値観によるのかもしれない。

でも、アメリカではちょっと価値観が異なるようだ。むしろ逆かもしれない。すなわち、他人に推薦されておずおずと名乗りを上げた人間よりも、自分で手を上げた人間こそが高く評価される。それは自らリスクをとっているからだろう。

他薦で選ばれなかった場合、失敗した場合には心のどこかで、「本当はそこまでやりたくなかった」という言い訳の余地が残されている。しかし、自薦の場合は、拒絶や失敗した場合には、むき出しの自我が傷つくことになる。「君のせいじゃないよ」と優しく守ってくれる保険はどこにもない。だからこそ、自己否定のリスクをとって手を上げる勇気と自信に、人は賞賛をおくるのだろう。

Courage is not the absence of fear, but rather taking action in spite of the fear.

日本とアメリカの価値観、どちらが正しいというレベルの話ではない。ただ、違うだけだ。しかし、日本人が世界に出て行こうとする場合、その違いこそをしっかり自覚しておく必要がある。
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【2008/09/11 16:25】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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